この土日は休日出勤で展示会立会いの立ち仕事。(毎週土日出てるけど)
こういう場合は足が疲れるんだよね。。。
先日「GOLFTODAY 2014年12月号(11月5日(水)発売)」をたまたま立ち読みした。
ただゴルフトゥデイ誌は滅多に読まないんだよね。
アベレージレッスン記事とクラブ紹介のみの雑誌なんで本当に読まない。立ち読みもしない。
もっとも読まない一番の理由は漫画がないから。(笑)
でパラパラとページをめくって、たまたま、
坂田信弘の「日々是好日!我と来て、遊べや師匠のないゴルファー」.を何の気なしに読み始めた。
そうしたら立ち読みしているのに少し涙ぐんできた自分に気がついた。
立ち読みしながら泣いてちゃいかんだろ!と自責しながらハンカチで涙を拭いたが、
ワシが涙もろいオッサンであることもあるが、このエッセイには泣かせるものが多々あるんだよねぇ。
今までこのブログでも書いてきたが、この「ゴルフトゥデイ」の連載「我と来て、遊べや師匠のないゴルファー」(2004年~2012年)から抜粋加筆修正を加え再構成した単行本は2冊あり、このブログで書評を書いてきた。
これはご存じ坂田節爆発のエッセイ?(いや信念集)です。(笑)
ワシの書評⇒坂田信弘 「山あり、谷あり、ゴルフあり」
ワシの書評⇒坂田信弘「9割プロになる賢人のゴルフ術」
ワシがこの書評で書いた泣けたエピソードの一つが、
「大手前大学女子ゴルフ部が関西の1部リーグに昇格したものの、
最低4人必要なのに部員が4年の池内姉妹(のちプロ)と1年の平野しかいなくて、
あと一人がいなくて失格しかけた時に4年の同級生桑原が友情で名乗り出た。
しかし桑原はゴルフ未経験者。
2週間で応急処置をしたがティショットが50yしか飛ばない。練習ラウンドでスコア200。
坂田監督は他の3人に70台前半で回り桑原も150をカバーしろと命ずるが、
桑原は一生懸命友達の最初で最後のリーグ戦のために頑張ったが182、2日目が176。
1部リーグ最多スコア。秋期リーグでも桑原は151、135。
迷惑するのでこんなスコアで回る人間を出すなとの他校の意見もあったが、
終わった18番ホールで桑原は「みんなの迷惑だったでしょうか?」とつぶやいた。
坂田監督は「迷惑なんかもんか。お前がいたから池内姉妹も平野もリーグ戦に出られた。
私も監督として同じ夢が見れた。お前には感謝しかない。
友の願いと大手前の名誉のために、よくぞ戦ってくれた、有難う、桑原!」と言ってみんなで泣いた。
次年度先輩への屈辱を根性で晴らし大手前大学女子ゴルフ部が2年目で大学日本一になった。」
それ以外にもストロング宮迫さんの「坂田ジュニアゴルフ塾に学ぶ」より
その12「どんなに辛くても私の前で笑顔を絶やさない子、本多弥麗」
その22「私と妹を会わせたいがために息子はプロゴルファーを目指した」
その23「私は多くの方の善意に支えられてプロゴルファー稼業を続けて来ました」
など泣ける話は山盛りです。
そして本多弥麗プロの話はコミック「大地の子 みやり」 のモデルです。12月から連載開始です。
で、肝心の12月号でワシが「立ち読みしながら泣けた」エピソードなんですが、
ワシは生粋で由緒正しい立ち読み二ストなんで買ってないからアバウトですが許してちょ。(笑)
「私より先に逝った塾生はたった一人」福岡1期生の山下由利子さんの話。
「福岡塾第1期生でありゴルフが好きだったが、小6の時に勉強に専念するために退塾の挨拶に塾に来た。
ただ挨拶の帰りに練習場の玄関で突っ伏して泣いた。塾生も泣いた。初めての退塾者であった。
4年前にスコットランドにいる時に携帯に電話がかかってきた。
「塾長、覚えてますか?福岡塾の山下由利子です。」「おお、覚えている。」
「薬剤師になれました。でももう一度坂田ゴルフ塾生としてやりたいのです」
「おお、立派なものだ。ただ薬剤師として世間の役に立つ仕事をしているくせに贅沢。」と答えた。
その後事務局長から彼女は白血病だと知らされ、坂田は彼女に入塾許可書を送った。
その1年後またスコットランドにいた時に彼女の父親から携帯に、「彼女が死んだ。またゴルフをやりたいと塾長の許可証を枕元に置いて病魔と戦ったが叶わず。苦しまないで亡くなったのが救いだが、こういうことであれば坂田塾を辞めさせないでゴルフを続けさせてやればよかった」と電話があった。
3日後、坂田が彼女の家に焼香に行ったら現役塾生たちが集まっていた。
皆が「先輩、お帰りなさい」と墓前で大合唱したら、母親が「ごめんなさい、ごねんなさい。」と泣き崩れた。
彼女の父親から彼女の坂田塾長への手紙を受け取り、帰りの車の中で読んだら、
その便箋にはただ「塾長」という2文字だけが書いてあった。
彼女はプロになれたと思う。彼女にゴルフを教えた自分が一番悪い。
私は山下と彼女の両親に悲しみだけを与えていた。
今ならプロ合格率9割の自信と実績があるが、彼女が退塾した当時はまだ坂田塾もできたばかりで海の物やら山の物やらわからないので、辞めていく山下を引き留めることが出来なかったのが唯一最大の悔恨事である。」
興味があれば買うか?立ち読みするか?して読んでください。(笑)
坂田信弘大先生は貧乏人でも世界に通用するプロを育てようと坂田塾を作ったが、生徒たちにゴルフと人生を教えてきたが、阪田自身も生徒たちに教えられてきたと思います。
週刊GDのゴルフ野生塾はゴルフ技術が説教臭くて嫌いだが、このゴルフトゥデイは月刊だからこんな内容が多いです。
「GOLFTODAY誌」はワシは内容的に全然評価してないけど、この坂田連載や故杉原輝雄プロが生前連載していた「遺言」など中には優れた連載がありましたな。
from ゴルフも人生も no plan (;´Д`)
こういう場合は足が疲れるんだよね。。。
先日「GOLFTODAY 2014年12月号(11月5日(水)発売)」をたまたま立ち読みした。
| GOLF TODAY (ゴルフトゥデイ) 2014年 12月号 [雑誌] (2014/11/05) 不明 商品詳細を見る |
ただゴルフトゥデイ誌は滅多に読まないんだよね。
アベレージレッスン記事とクラブ紹介のみの雑誌なんで本当に読まない。立ち読みもしない。
もっとも読まない一番の理由は漫画がないから。(笑)
でパラパラとページをめくって、たまたま、
坂田信弘の「日々是好日!我と来て、遊べや師匠のないゴルファー」.を何の気なしに読み始めた。
そうしたら立ち読みしているのに少し涙ぐんできた自分に気がついた。
立ち読みしながら泣いてちゃいかんだろ!と自責しながらハンカチで涙を拭いたが、
ワシが涙もろいオッサンであることもあるが、このエッセイには泣かせるものが多々あるんだよねぇ。
今までこのブログでも書いてきたが、この「ゴルフトゥデイ」の連載「我と来て、遊べや師匠のないゴルファー」(2004年~2012年)から抜粋加筆修正を加え再構成した単行本は2冊あり、このブログで書評を書いてきた。
これはご存じ坂田節爆発のエッセイ?(いや信念集)です。(笑)
| 坂田信弘「山あり、谷あり、ゴルフあり」 (SAN-EI MOOK ゴルフトゥデイ) (2009/12/10) 坂田 信弘 商品詳細を見る |
ワシの書評⇒坂田信弘 「山あり、谷あり、ゴルフあり」
| 9割プロになる賢人のゴルフ術 (ワニブックスPLUS新書) (2013/08/24) 坂田 信弘 商品詳細を見る |
ワシの書評⇒坂田信弘「9割プロになる賢人のゴルフ術」
ワシがこの書評で書いた泣けたエピソードの一つが、
「大手前大学女子ゴルフ部が関西の1部リーグに昇格したものの、
最低4人必要なのに部員が4年の池内姉妹(のちプロ)と1年の平野しかいなくて、
あと一人がいなくて失格しかけた時に4年の同級生桑原が友情で名乗り出た。
しかし桑原はゴルフ未経験者。
2週間で応急処置をしたがティショットが50yしか飛ばない。練習ラウンドでスコア200。
坂田監督は他の3人に70台前半で回り桑原も150をカバーしろと命ずるが、
桑原は一生懸命友達の最初で最後のリーグ戦のために頑張ったが182、2日目が176。
1部リーグ最多スコア。秋期リーグでも桑原は151、135。
迷惑するのでこんなスコアで回る人間を出すなとの他校の意見もあったが、
終わった18番ホールで桑原は「みんなの迷惑だったでしょうか?」とつぶやいた。
坂田監督は「迷惑なんかもんか。お前がいたから池内姉妹も平野もリーグ戦に出られた。
私も監督として同じ夢が見れた。お前には感謝しかない。
友の願いと大手前の名誉のために、よくぞ戦ってくれた、有難う、桑原!」と言ってみんなで泣いた。
次年度先輩への屈辱を根性で晴らし大手前大学女子ゴルフ部が2年目で大学日本一になった。」
それ以外にもストロング宮迫さんの「坂田ジュニアゴルフ塾に学ぶ」より
その12「どんなに辛くても私の前で笑顔を絶やさない子、本多弥麗」
その22「私と妹を会わせたいがために息子はプロゴルファーを目指した」
その23「私は多くの方の善意に支えられてプロゴルファー稼業を続けて来ました」
など泣ける話は山盛りです。
そして本多弥麗プロの話はコミック「大地の子 みやり」 のモデルです。12月から連載開始です。
で、肝心の12月号でワシが「立ち読みしながら泣けた」エピソードなんですが、
ワシは生粋で由緒正しい立ち読み二ストなんで買ってないからアバウトですが許してちょ。(笑)
「私より先に逝った塾生はたった一人」福岡1期生の山下由利子さんの話。
「福岡塾第1期生でありゴルフが好きだったが、小6の時に勉強に専念するために退塾の挨拶に塾に来た。
ただ挨拶の帰りに練習場の玄関で突っ伏して泣いた。塾生も泣いた。初めての退塾者であった。
4年前にスコットランドにいる時に携帯に電話がかかってきた。
「塾長、覚えてますか?福岡塾の山下由利子です。」「おお、覚えている。」
「薬剤師になれました。でももう一度坂田ゴルフ塾生としてやりたいのです」
「おお、立派なものだ。ただ薬剤師として世間の役に立つ仕事をしているくせに贅沢。」と答えた。
その後事務局長から彼女は白血病だと知らされ、坂田は彼女に入塾許可書を送った。
その1年後またスコットランドにいた時に彼女の父親から携帯に、「彼女が死んだ。またゴルフをやりたいと塾長の許可証を枕元に置いて病魔と戦ったが叶わず。苦しまないで亡くなったのが救いだが、こういうことであれば坂田塾を辞めさせないでゴルフを続けさせてやればよかった」と電話があった。
3日後、坂田が彼女の家に焼香に行ったら現役塾生たちが集まっていた。
皆が「先輩、お帰りなさい」と墓前で大合唱したら、母親が「ごめんなさい、ごねんなさい。」と泣き崩れた。
彼女の父親から彼女の坂田塾長への手紙を受け取り、帰りの車の中で読んだら、
その便箋にはただ「塾長」という2文字だけが書いてあった。
彼女はプロになれたと思う。彼女にゴルフを教えた自分が一番悪い。
私は山下と彼女の両親に悲しみだけを与えていた。
今ならプロ合格率9割の自信と実績があるが、彼女が退塾した当時はまだ坂田塾もできたばかりで海の物やら山の物やらわからないので、辞めていく山下を引き留めることが出来なかったのが唯一最大の悔恨事である。」
興味があれば買うか?立ち読みするか?して読んでください。(笑)
坂田信弘大先生は貧乏人でも世界に通用するプロを育てようと坂田塾を作ったが、生徒たちにゴルフと人生を教えてきたが、阪田自身も生徒たちに教えられてきたと思います。
週刊GDのゴルフ野生塾はゴルフ技術が説教臭くて嫌いだが、このゴルフトゥデイは月刊だからこんな内容が多いです。
「GOLFTODAY誌」はワシは内容的に全然評価してないけど、この坂田連載や故杉原輝雄プロが生前連載していた「遺言」など中には優れた連載がありましたな。
from ゴルフも人生も no plan (;´Д`)