20190109

まる得!ゴルフレッスン公開: 世界の青木誕生スイングヒストリー15

イクバックではフェースがボールを見続けているようなイメージで真っ直ぐ引く、というのは、よくあるレッスンだと思いますが、青木プロの1971年のスイングも、1974年のスイングも、確かにそういうイメージでテイクバックされているようでした。

上の図はトップ付近ですが、フェースの向きを見ると、1971年に比べて開いていることがわかります。本人の解説では、この頃は少し開けるようになったけどまだ不十分だった。ということですが、1971年とは明確に違うと言えるでしょう。

1971年は、トップでのフェースがかなりシャットだったことがわかります。青木プロの解説では、1974年のスイングはスクエアスイングへの過渡期のスイングだったということで、この2年後にスクエアスイングがほぼ完成したのが1976年、それが世界で確信を持てたのが1978年だったということです。いやはや時間がかかりますね。

そして、その後はスイングを変えることなく、年齢による自然な変化はあったと思いますが、スイングはずっと同じということです。つまり、15歳でゴルフを始め、22歳でプロになり、それから14年後の36歳でスイングの完全な完成ということだったわけです。ゴルフ漬けの生活を21年も続けて、やっとゴルフがわかったということになります。

昔、ニック・ファルドは2年の歳月をかけてスイング改造をし、全英で初メジャーに勝ったというのが話題になりました。当時は、2年もかけてスイング改造するって、スイング改造とは時間のかかるものなんだなと誰も思ったもので、そのコーチだったレッド・ヘターは一躍時の人になりました。

しかし、今思うと2年なんていうのは超短期間改造であることは、青木プロの奮闘を見れば納得できると思います。ファルドがなぜ2年という短期間で結果を出せたのかというと、1976年に19歳でプロ入りし、20歳でヨーロピアンツアー初優勝、プロ7年目の83年には年間5勝もするほどの選手に成長し賞金王にもなり、スイング改造を始める1985年までにツアー11勝、全英では7位、4位、8位、6位など、いつ勝ってもおかしくないような実力者だったからです。プロ入り3年目にして全英7位、勝ったニクラウスとの差は4打、1982年の全英では4位、勝ったワトソンとの差はたったの2打でした。

ただ、この頃のファルドに欠けていたのは忍耐で、気が短いことで有名だったのです。ミスをするとカっとなってしまって投げてしまうようなプレーでした。実際、プロ3年目にしてヨーロピアンツアーのメジャーと言えるPGAチャンピオンシップに勝っていますが、その時は7打差のブッチギリ優勝でした。なんか若い頃の青木プロに似ています。その後、いつメジャーに勝ってもおかしくない状況の中、28歳と29歳の二年間でスイング改造し、30歳で初メジャー制覇となったわけです。

青木プロは15歳でゴルフを始めて34歳で開眼しました。ファルドは、もっと早い時期にゴルフを始めたでしょうし、本気でゴルフにのめりこんだのは14歳の時だったので、ガマンのゴルフに開眼したのが28〜9歳であっても不思議ではなく、最もゴルフで実力が出せる30歳でのメジャー初優勝やその後の30代での活躍は、スイング改造の成果というより我慢の成果ではないか?スイングがどうであれ、それくらいの結果はだしていたのではないか?そうだからこそあまりに持ち上げられすぎたヘターと大喧嘩することになったのではないか?など想像されますね。確かに、実際に活躍したファルド自信よりも、ヘターの方がマスコミに取り上げられていたイメージだったし、実際、ヘターはそれでシコタマ稼いだだろうから、ファルドとしては、面白くなかったのでしょうね。ファルドは自分のゴルフスクールを始めることにしたのでした。

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