最近は、地震や噴火などが多く、大阪でも久々に地震がありましたが、これほどに異常現象が多いと、近々何か大きな災害が起こるのではないかと気にしている人も多いのではないかと思われる今日この頃、 地震や津波の全くないイギリスに住んでいるジェームズと、先日もいろいろ会話をしましたが、私は、私が現在読んでいる英文法の本に書かれていた内容について質問したり、ジェームズは、コミコという日本のコミックスが無料で読めるサイトにあるマンガの内容や、ジェームズが勉強している日本語の本に書かれていたことについて質問したりしています。
先日、ジェームズから質問されたのは、彼が勉強している日本語の本に書かれていた内容で、「誰が〜するのだろう?」と「何のために〜するのだろう?」という文章の意味、でした。ジェームズが読んでいる本には、「誰が〜するのだろう?」は「誰も〜しない」という意味だと書かれているそうです。そして、「何のために〜するのだろう?」も「誰も〜しない」という意味だと書かれているということでした。
そこで、「誰が〜するのだろう?」の例文として「誰が優勝するのだろう?」という文章は、決して、「誰も優勝しない」という意味ではなく、単純に疑問文ですよ。と教えました。また、例えば「何のために挑戦するのだろう?」という文章なら「挑戦しても仕方ない」という意味である可能性もあれば、単純な疑問文である可能性もある、と説明しました。
確かに「誰が〜」も「何のために〜」も、どちらも否定の意味で使う場合はありますが、常にそうであることはないので、「誰が〜するのだろう」は「誰も〜しない」という意味だと覚えてしまうと、実際に使う時には、非常に混乱を招きかねないですよね?しかし、日本語の教科書にしても、英語の教科書にしても、この手の間違いというのは非常に多く、私が読んでいる英文法に書かれている文章のおそらく1/3以上は、ジェームズに、妙だと指摘されてしまいます。妙というのは、意味はわかるけど、普通はそう言わない。みたいな感じです。また、ジェームズでさえ、ちょっと調べないと意味がわからない、なんていう文章もたまにあって、日本人は、普通のイギリス人がわからない文章まで理解しなければならなかったり、妙に古い言い回しまで学ばなければならなかったりするので、そりゃ英語が上達しないし、不必要に難しいと感じるわけですよね。
本当は、言葉が難しいわけはありません。しかし、例えば文法書などを読むと、やたらと難しいことのように感じます。ゴルフスイングも、説明すればするほど難しくなってしまう、ということがあります。実際のところ、言葉では説明ができないところに重要なことがある、ということがあるので困ったものです。
それってつまり、感覚的に掴んでもらうしかないようなもので、その感覚というのは、練習の過程でひらめくようにつかめることのあるものです。だから、言葉での説明も重要ですが、よくわからないけど、とりあえずやり続けてみる、みたいなことも大事かな〜なんて思いつつ、今日もレッスン公開です・・・


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